人工授精と不法行為
弁護士 幡野真弥
今回は、人工授精と不法行為に関連する裁判例を2つご紹介します。
まず、大阪地裁令和2年3月12日判決です。
本件は、原告(男性)の同意を得ることなく、被告(女性)が人工授精の同意書を偽造し、病院で人工授精の方法により、原告の子を妊娠して子を出産したと主張して裁判になった事案です。
裁判所は、原告の権利が侵害されたことについて、「被告との間で本件子をもうけるかどうかという自己決定権を侵害されるなどしたものであって、これにより多大な精神的苦痛を被ったというべき」と判断し、一切の事情を考慮して、慰謝料800万円を認めました。ただ、その後、事件は控訴され、大阪高裁令和 2年11月27日は、慰謝料を500万円と減額しました。
次に、東京地裁平成24年11月12日判決です。
本件は、原告が、被告に対し、被告が原告の夫と不貞関係を継続したほか、原告の夫から精子の提供を受けて人工授精により妊娠し、その子を出産したことが不法行為だと主張し、慰謝料の支払いを求めました。
裁判所は、「被告が自認する一度のみならず、少なくとも数回にわたって不貞行為に及んだといえる。さらに、被告はB(原告の夫)からの精子の提供による人工授精を受けているが、人工授精は不貞行為とは外形的にも質的にも異なる要素があるとしても、Bが被告との間で自身の子をもうけるだけの関係を築き、実際にも子が生まれる可能性のある行為に及ぶことは、いわば夫婦同様の関係があるといえるのであって、婚姻共同生活の維持を求める権利を有する原告にとって,不貞行為に等しいか,これを超える大きな苦痛が生じたというべきである。」と判断し、慰謝料200万円を認めました。不貞行為により妊娠・出産に至ったケースでも、慰謝料200万円を認めるものは珍しくはなく、人工授精は肉体関係を伴わないからといって、差を設けることも妥当とは考えられませんので、本件で200万円という慰謝料になったものと思われます。